金本監督一問一答

阪神タイガース金本監督のインタビュー記事

広島 鉄人・金本知憲との出会いは、座りながらのティー打撃だった。

その選手は椅子に座ったままバットを振っていた。ケガをしているようだった。聞けば、大学3年生、名前は知らない。

しかし苑田は、この選手が欲しいと思った。

「座りながらのティー打撃でしたが、リストが強いのが印象的でした。こねずにスムーズにバットが出ていました。これは良いバッターだと思いました」
 
技術だけではない。練習をしている『目』も強烈だった。

「気持ちの強い人は、打つ瞬間に目にグッと力が入ります。厳密には打つ瞬間、打者は球が見えていないはずですが、彼は、その瞬間まで見ているような目でした」

東北福祉大は定期的に訪問するようにしていた。安定して好選手を輩出する名門校だからである。

「これは、誰ですか?」
「広島の広陵高からきた金本知憲です」

この名前を忘れることはない。苑田は、すぐに球団に連絡しようと思った。携帯電話も普及していない時代だ。大学で電話を借りて球団に報告をした。

この日は、故障で十分な練習は見られない。だから、苑田は「1週間後に再びきます」と言ってグラウンドをあとにした。

苑田は、自分の眼力を誇ろうとはしない。むしろ、金本のすごさのみを力説する。
「確かに、当時は無名で、金本といってもピンとはきませんでした。でも、あれは誰が見ても分かりますよ。あのリストの使い方、これができている選手は99%打てますよ。理にかなった運び方ができていました。(プロに進み)木製バットになっても打てると確信しました」

しかし、いくらスイングが鋭いとはいえ、野球には守備や走塁に至るまでさまざまな要素がある。なぜ、苑田はティー打撃だけで金本の獲得を『即決』できたのだろうか?

「三拍子揃う。平均的な選手。総合力が高い。そんな選手は要らないと思っています。スカウト会議でも、そんな選手は外せと言っています」

むしろ、無限の可能性を秘めたワンポイントに苑田は惚れるのである。そのワンポイントを見つけることが、スカウトの仕事なのかもしれない。

 

金本は2000年に3割・30本・30盗塁のトリプルスリーを達成した名選手である。苑田が『打撃』というワンポイントの向こうに、走攻守の三拍子での大成も見越していたことも見逃がせない。

「守備に関しては周囲の評価は高くありませんでした。しかし、あれだけのティー打撃をする姿勢を見て、(打撃以外も)一生懸命やるはずだと思いました。守備や走塁も悪いはずがないと確信していました。あの金本の厳しい雰囲気や半端じゃない練習態度を見れば、きっとやれるはずだと思います」

金本の故障が癒えた頃、苑田は東北福祉大のグラウンドに足を運んだ。評価の高さは不変である。

「自分のなかでは決まっていましたから」

その言葉通り、リーグ戦を視察しても、彼への評価は揺らぐことがなかった。
通算2539安打、476本塁打ベストナイン7回、さらに燦然と輝く1492連続試合フルイニング出場の金字塔を打ち立てている。球史に名を残すプレーヤーに上り詰めたのは、苑田の見初めた打撃技術だけによるものではあるまい。
 
妥協なき練習ぶりは、多くのプロ野球ファンが知るところではある。苑田も、彼の野球への向上心を実感した出来事がある。

金本が入団4年目あたりのキャンプで、二人は宿舎の風呂で一緒になった。まだ夕刻であったため、「今夜、メシでもどうだ」と苑田が誘いの言葉をかけると金本は、「やめておきます」と即答してきた。「まだ僕は体ができていませんので、アルコールなどは控えています」。その理由の言葉が、苑田には嬉しかった。

「『よっしゃ!』と思いましたよ」

金本の真意はすぐに分かった。アルコールを飲むか飲まないかの問題ではない。自分の体や状況を考えて決断できる姿が頼もしかったのである。

「誘いを断られて嬉しかったです。こういう考えができることが素晴らしい。金本の練習ぶりは本当に一生懸命でした。私は、高橋慶彦山崎隆造の猛練習ぶりを見てきました。それはすごいものでした。金本は、それに負けないくらいの練習をしていました」

プロ野球での現役生活21年、金本は数々の記録だけでなく、伝説の『鉄人』として野球ファンに強烈なインパクトを残した。彼の魅力は、走攻守の三拍子だけではない。妥協なき練習への姿勢、リーダーシップ、体の強さ……。

それらの項目を全て細かく確認してから獲得を決めたわけではない。あの、座りながらのティー打撃の光景を見たとき、金本の評価は決まったのである。


減点法の評価でもない。
他の選手と比較するわけでもない。
圧倒的な長所を最大限に評価する。

苑田は長所から短所をマイナスして得点を計算するわけではない。評価項目ごとに他の選手と比較するわけでもない。『絶対的加点法』で選手を評価しているようである。


『一目惚れ』。

情熱的ではありながらも、論理的根拠に乏しいような言葉の響きも含んでいる。しかし、明確なモノサシがなければできないことである。経験と情熱の積み重ねでベテランスカウトは『モノサシ』を手にしたのである。

 

[書籍『惚れる』から一部抜粋]

 

 

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